陰謀が一般化して”陰謀論”は無くなった
自分の中では、とうに「陰謀論」というものはないし、世相もそれを認めているような昨今だ。
直近に様々な出来事がある。
ここでは逐一具体的なそれに触れることを差し控えるが、いずれも裏で生木が燻るような香ばしい臭いがするだろう。
それを大きな圧力が「なきもの」「ありえないこと」と断定していることから、あるいはあなたは「そうなのかなあ、考えすぎか、あんまり深掘りしないで置いた方がいい、世間とのギャップが広がるだけだし」とか、もしかして自分をそう納得させて、そこを逃げているかもしれない。
それが”良識人”としてのあり方だ。
これをどう解釈するかだが、上記のように、文字通り「陰謀」なんてものはないんだよ、という主張で、しかも世間一般でもそれが通説になっている・・ということでは、もちろんない。
そうではなく、私は、もはやあえて「陰謀」という言葉で世界を語るまでもなく、それ(の認識)が一般化し、当たり前になったんだよ、という意味で「陰謀論がない」と言っているわけだ。
あえて「陰謀」「陰謀論」などというものものしい言葉を持ち出すまでもなく、もはや常識化したということ。
裏にあるはずの「陰謀」が表に、水面下のものが水上に浮き出てきてしまったということ。
陰謀だらけの世界で、もはや「それは陰謀だ」などという指摘自体が、ナンセンスというか白痴的である。
鯉がたくさん泳いでいる池で、一匹の鯉を指さして「ほら、鯉がいるよ」と言っているようなものだからだ(喩えがちょっとアレですが💦)。
時代は、(陰謀は当然なことだからいいとして)一体それはどういった類の陰謀か?
というところにまで差し掛かっているとみて間違いない。
さながら「(当然宇宙人はいるわけだから)宇宙人がいるいないではなく、一体その生命体はどの星から来たものなんだ?」と、一歩進めて問うように(余計に分かりづらくなる比喩ですが💦)。
いずれにせよ、ここまで来てそれが見えないような目は節穴だ。
(つまり、ガチガチに固定概念が出来上がってしまっている。)
あなたは正義の使者なんですか?
「陰謀がない」という見方はあまりにもNHK的であり、文科省的であり、それ自体が偏向である。
(では、太平洋戦争さなか、大本営の広告塔になって、あたら若い命を無駄にするような偏向報道や陰謀隠しをやってきたのはどこのどいつだ!なんて声も巻き上がる)
「流言に惑わされないように」「陰謀論に振り回されないように」・・いかにもそこに正義・正論があるかのようだが、これは明らかな言論規制である。
しかも、それ自体がむしろパワハラである。
ある特定の案件においてそれを言うのであればなおさらだ。
だいいち、だれがそれを「流言」「根も葉もない虚言」「陰謀論」と言っているのか?
いつ、だれが正義の立場に回ってモノをいっているのか?
あなたにそれを言われる筋合いはない。
たとえば、私がいまから〇〇という流言、虚言を(SNSやらブログやらで)流しますよー、と言いますか?
もちろん、控えめに「都市伝説として聞いてほしいのだが・・」という言い方はあるだろうが、そこに疑問を提示して何が悪い!
──世間(報道)ではAって言ってるけれど、もしかしてBではないですか?
──Bでないにせよ、Bという角度からの検証も必要ではないですか?
「それは陰謀論です。そんな流言を流されては困ります。逮捕しますよ」
え?
ではないでしょうか?
それは、言葉を代えれば
「我々の報道したいプロパガンダに反するので、認めません」
と言っているに等しい。
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「それでも地球は回っている」 |
疑問を持つだけで「陰謀論」にされてしまう例などはいくらでもある。
もちろん、そこにきちんとした実証があってもだ。
「天動説」のコペルニクスやガリレオなどは今で言えば立派な「陰謀論者」であり、「天動説」は異端であり、それはキリスト教会に対する「陰謀」「謀反」である、とレッテルを押された。
いやいや、あのナザレのイエスにしてみても、サドカイ人やパリサイ人の偽善とそれに基づく法そのものの欺瞞に真っ向から挑んだ陰謀論者と言えなくもないではないか?
時の権力によって、片っ端から火あぶりや磔刑に処せられたことはあえて言うまでもないことだが、少なくとも私たちの態度というものは、うっかりするとこのように暴力で真相を葬り去る側に加担することにもなりかねないのではないか?
流言虚言雨あられ
なるほど流言というものは昔からあった。
「根も葉もない」というが、そもそも流言には根も葉もいらない。
江戸時代にどこぞのお屋敷が火事だ~とか言いふらし、その間隙を縫ってコソ泥をやるとか、
明治期に電話が普及し始めるころには、それによって(電線を伝わって)文字通り伝染病にかかるとか、
自販機の中には人が隠れているとか・・まあ、もっとましな例はたくさんありそうなものではあるにせよ💦
このようなあからさまなお馬鹿な言説に飛びつく人自体が問題なのかもしれないが、なかには、真偽そのものが棚上げになったままなどと言うのも数多くある。
いわゆる都市伝説扱いである。
小麦やグルテンが体に悪い
水道水や歯磨き粉のフッ素が心身を蝕む
アルミ鍋のアルミが認知症の元凶だ
国連総本部の地下には核爆弾が仕込んである
坂本龍馬はトーマスグラバーの傀儡であり、単なる武器商人だ
永田町、皇居などは地下トンネル、地下鉄を介して巨大シェルターとつながっている
・・無数にあるそれらは個人で検証することが難しい内容だから、うやむやになったままだ。
当然乍ら、うかつにはそれを公言できない。
「○○によれば」とか「という見方(意見や研究)もある」とするべきな所を、SNS上などで狂信的にそれらを断定してはばからず、「我こそは真相を知り、それを語るものだ」的な振る舞いに走るものもいるらしい(私はあまりSNSを見ない口なので、言われて覗いてみて、なるほど「やってんな~」と思った次第)。
気を付けなければならないのはこの手の方々で、その論点がたとえ正しくても何も他の意見に嚙みつくことはない。
そもそも「寝耳に水」のことを言っているのだから、当然反論、攻撃はある。それに売り言葉に買い言葉でやらかすのは大人気ないじゃないか?
双方向的なSNSではなく、どこかで淡々と、自らの主張を挙げるにとどめるべきだ(そこでは堂々と断定すべきだ)。
陰謀。
なにゆえに、それがないのか?
もしくは、なにゆえに、それがないことにしたいのか?
問題はそこである。
参考:昔書いたその手の話。
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