マイブームというものがあれば、私のYoutubeでの昨今のそれは、ズバリ(コレ!)↓
なわけでして、あの陰謀系でも、その都市伝説系でもないところが、我ながら面白いな、と思ったりします。
もう半世紀もそんな世界ばかり遍歴してきたりしますと、ほとほと飽きが来るといってはアレですが、「世界の闇」というよりも、もっと卑近な「業界の闇」も、これまたなかなかに含蓄のあるものなんだと、気づいたりもするわけで・・。
このチャンネルは、長くアパレルの裏方ともいえる縫製業に携わってきた綿貫社長を主軸に、いわゆるハイブランドからファストファッションに至る品質の違い、価格設定から工賃の闇(というより、グレーゾーン)にメスを入れる番組。
ユニクロVs.グッチ
何が面白いと言って、このYouTubeをプロデュースしている「保坂君」という若干21歳の青年と綿貫社長とのやり取りは出色だ。
今どきの若い子がみなそうなのかは知らないが、彼の中では何といっても「UNIQLO」が服飾の世界の王者の座に君臨しており、その品質、価格ともども適正で、その右に出るものはないという大のユニクロフリーク(というか、あまりファッションに詳しくはないという大方の若者の代弁者)だ。
一見、そのユニクロと大差はないのに、方や1900円だかそこらで手に入るものが、ブランドによっては2万も3万もすることがは、彼には解せないし許せない。
ズバリぼったくりだ、と容赦ない。
一方綿貫社長はあくまで「作り手(職人)」目線で、その「ぼったくり説」の真偽を検証してゆく(または、そうしようと試みる)。
シャツ一枚をとっても、袖先(「剣ボロ」と言われる短冊様の部分)の処理や、ボタンの付け方、両襟の合わせ、湾曲している裾の部分のステッチのかけ方の美しさなど、縫製面だけでもいくつかのチェックポイントがあるわけだ。
その対比から明らかに参考になったのが、保坂君推しの「ユニクロ」と、定番の安定感のあるブランド「BEAMS(ビームス)」、そして、イタリアの誇るトップファッションの雄・GUCCI(グッチ)の製品(シャツ)比較だ。
ユニクロ製が3900円、BEAMS製が16800円、そしてグッチともなると(笑)90000円の上代である(実際の値段はYoutubeで特集番組探してね)。
結論から言おう。
まずは、ユニクロは出来過ぎ。
その価格にしていくら縫製を海外の後進国の工場に任せたとしても、製品の精度から言えば異常だと。
つまり、総体的に価格を上回るモノづくりであると。
社長が少し前に行ったスリランカのスーパーで売っていたシャツよりも安いという。
次なるBEAMSは、ぎりぎりきわどい企業努力がみられると言う。
縫製は極めて丁寧で、申し分ない。
しかも国産(日本製)だという。
こちらは、2万~3万の値付けをしないと厳しいと、実情を裏読みする。
そしてグッチはといえば、綿貫社長が汗をぬぐい、言葉を選ばざるを得ない出来だった。
映像でその一部始終を追っかけているので、もはや逃げ隠れ出来ないものではあったが、我々素人目にも、お世辞にも素晴らしい出来とは言い難いものだった。
前者2社の製品と比べても、つくりは簡易なものであった上に、ミシン目はのたくっていたり、最後の糸の始末がされないままであったりと、突っ込みどころは満載なうえに、90000円というハイブランドならではの価格設定。
当然、保坂君の辛辣な、しかし的を射た批評は炸裂するのだが、最後に綿貫社長はこうまとめた。
GUCCIさんは、はなからユニクロやもろもろのブランドを相手にしていない。そうした技術を売っているんではないんだ。GUCCIを買う客は、そのブランドの世界観を買っているんだ。縫製がどーの小さいことは気にしない。
一瞬私もなるほどと頷くようなご意見ではあったが、うーん、やはりYoutubeという媒体でそこまで言ってしまうことに対しての遠慮というか、敬遠したかにみられるご発言だ。
なぜならば、一流であるのならば、細かいところにまで一流であるべきだし、ブランドメッセージにも「イタリアのクラフツマンシップに裏打ちされた」とか何たらが謳ってあるわけだし、そうであればなおさらのことに思えた。
これは、同じくハイブランドのラルフ・ローレンの製品にも言えた。
ジャケットが30万円でも高くない仕事
コムデギャルソンの川久保玲さんや、Yohji Yamamotoの山本耀司さんらの一流デザイナーの服飾哲学に触れる一方で、ユニクロやGU、しまむら、ワークマンといった比較的こなれた価格帯が多いファストファッションもほぼすべて登場、さらに無印良品、ジャーナルスタンダード、BEAMSといった若者に支持の熱いセレクトショップも含めて、次々にその実態を暴露する。
ファッションが好きな人にとって、これほど面白く、また勉強になるYoutubeもないのではないか?
なかでも、綿貫さんご自身のあこがれだったというブルネロクチネリの紹介があった(※縫製のプロが「このブランドだけは別格」と感じた理由)。
常客はセレブのみで、イタリアの一都市全体をそうした自社ブランドの街づくりにしてしまったブルネロクチネリは、山梨の片田舎(という綿貫氏の表現)で、リネン(麻)のみにこだわった服作りをしている綿貫社長の会社(「WAFU」というブランドを展開)の理念と合致しているというより、彼の未来形でもあるのだろう。
綿貫社長は、現地に赴き、念願のクチネリの30万円だかのジャケットを購入したが、その仕事からして決して高くはないという。
しかも、ここが大事なところに思うのだが、その価格の内訳には、ブランドを支えてくれている数多くの職人さんへの工賃という尊い代金が含められているわけである。
われわれ消費者にとってはもちろん廉価に購入できることはうれしいことかもしれない。
しかし、そうした高品質なものを作る職人さんには、それなりの見返りがなければならない。
そうしたモノづくりの循環が、消費者も含めた半永続的な世界につながってゆく。
価格には、そういうメッセージも込められているのだ。
ブルネロクチネリが、世界に冠たるラグジュアリーブランドであるように、綿貫社長の情熱は「WAFU」を世界のワフーにすることが可能かもしれない。
| ブルネロクチネリ2025秋冬コレクションより =モニーレ付き ウールライトウェイトクロス アウターウェア ¥ 792,000 |
最後に、Youtubeの概要欄に貼ってある綿貫社長のプロフィールを転載すれば、
<わたぬき社長プロフィール>
綿貫 陽介
山梨県生まれ
24歳のときに家業を継ぎ服作りを始める
家族3人で到底儲からない下請け仕事に従事する
一日11時間縫う生活3年
このままじゃ先がない状態を経験
金なし、コネなし、学歴なし
あるのは借金と服作りの技術
自分で服を作り、自分で販売する
10年後…
全国からの受注と多くの仲間が集まり
今も縫製工場を経営している
ということになる。
ここでは触れてないが、親父の作った借金は総額2千万円ほど。
ただひたすらまじめに働いてそれほどの借金を作ってしまうような「縫製業」という仕事には未来も夢もない。
そう確信した時から綿貫さんの挑戦は始まる。
彼は休む間もなく働いたのだが、とにかく1日に10着も縫わなければ食っていけないような世界を何とかしなければ、といつも考えていたという。
このYoutubeで面白いのが、バリバリ、コテコテの職人・綿貫社長が、次第にそういう世界だけに拘らずに、もっと広げた感性面で広くアパレルを捕えようという姿勢に開眼、もしくはシフトしていく様が非常に印象深かった。
同時に、対する若手ホープの保坂君が、番組取材で勉強すればするほど、とかくその弁舌の切れ味が弱まったりしがちな点が面白い。
「鎌倉シャツ」などのクラフトマンシップに直に触れてみるにつけ、その値付けが決して「ぼったくり」でもなんでもなく、順当なものであったり、むしろ安いものであったりする場合もあって、彼はそれをも率直に語っている点が好感を持たれるのだなあと思ったりもする。
【真の闇】なぜそこまで安くできるのか?
「ぼったくり」という言葉は、明示したものと比べて、それが相応な価値以下でしかない場合によく使われる言葉だ。
「金返せー」といった次第になるわけだ。
しかし、価値観というものは目に見えない部分であって、時に主観に左右されたりもする。
実際は相応なサービスなり付加価値があるのに、そう呼ぶこともあるから困ったものである。
一番多いのは「ニセモノ」が「ホンモノ」のふりをすることに対する批判や罵倒である。
「ニセモノ」は、言い方を換えても「丸パクリ」「完コピー」というように、そう変えたからと言って上品な言い回しになったわけでもない”変換”もあれば、時と場合によっては「リプロダクト」などという、なんとなくその製品のものづくりサイドに寄り添ったような体のいいニュアンスの言葉もある。
はては、「モディファイ」などと、さながら工芸品、美術品を切磋琢磨してみました、みたいな”上級変換”もあったりするから愉快だ。
要はそれらは、すべてモノマネのコピー(完コピ)である。
何の世界でもそうなんだろうが、とりわけこのアパレルの世界における「ニセモノ」は肩身が狭い。
しかし、多くの服が軍服をその雛形にしていたりなどと、ほぼすべての洋服が何らかの「パクリ」といっても過言ではないわけで、今こうしているさなかでもどこかのメーカーが何らかをモノマネしているかもしれないのだ。
しかしこんなことは、いうまでもなく「闇」などではない。
では、最後に真の業界の闇は何か?
について一歩食い込もうとすれば、やはりアレの強制労働的な一件に尽きるであろう。
あえて詳しく振り返らないが、不可能な価格を可能にするマジックなどはない。
そこには多くの労働者の人知れぬ汗と涙があるだけだ。
私たちは、もはやただ安いから、見てくれがいいから、だけで商品を購入するような愚を繰り返してはならないだろう。
常に「なぜにこの価格が実現するのか?」というシビアな目線を失ってはならない、
そう思った。

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