ネット環境での匿名性の問題が云々されて久しい。
それは「個人情報保護法」という法案と連動しつつ、それをカバーするための匿名性なんだろうが、なんだかはなはだ釈然としない。
何がそうかと言えば、第一に言えることは、もちろんその「匿名性」を笠に着た人間の横暴さ、凶暴さ、非道さ、残忍さ、それである。
匿名というと、その本人が目隠しをしているかと思いがちだが、まったく真反対で、そこで目隠しを強いられるのはその当人の周囲の世界に住むすべてだ。
要は往来に透明人間が放たれたようなもの。
そこには、当然犯罪者もいるわけで、現に執拗な誹謗中傷という凶器で、狙い撃ちしたターゲットを死に追いやる、などといった事態は特にSNSで急増していることは周知のごとくである。
(もちろん、この場合の「犯罪者」は、文字通りのそれのみならず、平素はごく普通の社会人のもう一つの裏の顔という場合も考えられる)
同様に、そのネット上ではあえて破廉恥な行為で衆目を集める(炎上を目論む)といった異常性も問題になっている。
これは匿名性とはまた違った自己の承認欲求だかなんだかがその動機なのだろうが、そのためには手段を選ばずといった「考え方」に、むしろ現代社会を代弁しているかのようなアイロニーすら感じる。
アンチウイルスのような構造?
さて「個人情報保護法」は、平成17年(2005年)4月に全面施行されたそうで、まだ20年ほどの新しい法案である。
その後、ご存じのように銀行へ行ってもネットで買い物をしても携帯電話の契約をするにしても、およそ社会に出て何かを成すごとに、この法案が立ちふさがり、容易に物事が進まない世の中になった。
個人情報を守る、というと、誰もが当然だと力こぶを握りしめる。
そのためには、少々の不便もやむを得ないと考える。
一局に集められた個人情報。
つまり、そこが不可侵の”聖域”であることは、だれの目にも明らかな事実である。
そこはアンタッチャブルな閉じた世界であるし、また、そうでなくてはならないから、その情報がどのような目的に使われるかなど本当のところは見えないままではないか?
それはちょうどアンチウイルスソフトのようものでは、と私は思っている。
つまり、表層では多少の役に立つ面を謳いながら(実際に幾分かはその機能を示しながら)、その実、そこに「情報を抜く」などの別な意図が起動する。
もし、それが本当であれば(本当になったならば?)、
《大衆に危機感、不安感を煽る→それを解決・解消する(という触書の)ものが登場する→大衆はこぞってそれに飛びつく→?》
という構図は似てはいないだろうか?
?の内容が、例えば「情報収集」であったとしたら、あれもこれも腑に落ちるような事実にぶつかるのだが、、。
ここでは、デイビッド・アイクの「問題(をつくる)→反応(を見る)→解決(に導く)」という支配者層の手口が思い浮かべられる。
あえて「陰謀論」をほのめかしながらもの、あくまでも一考察である。
私は当然法や経済の学者でもなければIT専門家でもない。
よってこれはただのズブの素人の、しかも「直感」にすぎない。
よってここでの意見が、笑止な妄想であったり、または当然すぎて識者はみな知っていることなのかどうかすら知らない。
これは私の勘ぐりすぎ、と言われればそれまでだが、「そんなことがあるわけないだろう」とか「それは陰謀論にしても度が過ぎている」などというありきたりの答えしか返ってこなかったとすれば、私はますます訝しく思う。
ここで大事なのは、それが正解か不正解かよりも、そこに問題があれば、必ずもう一方からのアプローチも必要ではないか? ということだ。
”聖域”の中で誰が情報を管理し、どう使用しているのか?
ここで考えなければならないのは、まず、その大切な「個人情報」を一元管理しないことには、それを「保護」するにもしようがない、ということだ。
問題は、誰がそれを「一元管理」しているかである。
「保護・匿名性」というものは、言うまでもなく、そのためには実名、実際の本人のデータとの照合が不可欠になる。
つまりは、裏ではあらゆる個人データの収集と、そのデータベース化が必須である。
これを裏返せば、個人データを集めるためには、表向き「個人情報保護法」「匿名性」というパッケージが必要になる、とも取れる。
どういうわけか大手、中小を問わず、多くの企業でその個人情報は漏洩し、TVで役員や関係者が深々と頭を下げる。
そんなシーンはもはや日常茶飯で、驚きもしなくなってしまった。
だだ漏れ、しかもツーカーではないか?
それは果たしてネット環境の脆弱性の結果なのだろうか?
多くの──あるいは少数のでも構わない──ITのエキスパートが存在する企業がそんなことは熟知しており、万全の対策を講じているのではないか?
よし、ネットがそのようなものであることを認識しているのであれば、それを通さず別な形でのデータベース化を検討、実施しはしないだろうか?
古い”たとえ”で恐縮だが、美容師が顧客名簿をごっそり持って行って他所で独立開業するなどの謀反行為は、ネットが普及するずーっと前から問題になっていたものである。
美容師に限らず、寿司職人にしても医者にしてでもだ。
あくまでも、妄想、フィクションとして聞いてもらいたいのだが、そこに抗えない権力といったものが裏で手綱を握っていたとしたらどうだろう?
たとえば日本国内の個人情報が、そのままどこかに移送されていたなどとなれば、これは国家反逆罪級の犯罪行為である。
しかし、そんな「罪」など吹き飛ばすような権力がそこに在ったとすれば、それはもみ消されるのに違いない。
あなたが、その権力の中枢にいる存在で、世界支配を目論んでいるとしよう。
あるいは、すでに世界をいいように手玉に取っているものとしよう(映画『MI』みたいでなんですが😓)。
あなたは、当然さる企業の情報も、その強みも弱みも手中にある。
これからその企業を買収したり、その価値が無ければ散々揺さぶりをかけてそこから相当額のカネを吸い取る。
その手段として、狙った企業に「言うとおりにしなければお前のところの情報を公開するぞ」との圧力がかかっていたとしても、不思議ではない。
旧聞にはなるが、エドワード・スノーデンの暴露によって、CIAやNSAが非公式に私たちの通信における情報を取得していたことが大っぴらになったが、私たちの個人情報がかの国にそっくりそのまま献上されていました、なんてそのうちハリウッド映画でフィクションを装いつつ上映されるかもしれない。
後記
ご存じのように、新聞のコラムや雑誌などで見かける「署名記事」や「文責・在記者」は、その記事への責任の所在をすべてその個人が受ける旨の但し書きである。
「そうであれば滅多やたらなことは書けない」と思いがちだが、少なくとも公にする限りは、署名入り、無記名問わず、滅多やたらなことは書けないはず。
いや、もしデタラメを書いたとしても、それを記した個人に全責任がある。
江戸時代に姓(苗字)を名乗れたのは武士や医者や学者などの一部特権階級だけで、庶民はいわゆる「名無し」のような扱いだったそうだ。
「田吾作」とか「権兵衛」みたいな輩ばかりだったと想像すれば、それはそれでほほえましい。
今日で言えば、それこそ「匿名性」の存在であるが、もちろんそれが犯罪に及んでは見逃されるわけもなく、即刻打ち首だったのだろう。
私は、自分の名や顔出しが嫌だが、それは「恥ずかしい」からである。
しかし、今日、たとえ実名を装っても偽名であったり、顔にしてもディープフェイクのテクノロジーすらあるので、まさに虚々実々の世界だ。
最後に問われるのは、「責任」という一点なのかもしれない。
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