グーグルアースに映る彼

2025年12月5日

お知らせ 情報 身辺雑記

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「〇〇ちゃん?」
「お、久しぶり」
「いま、オフロードのバイクに嵌っててさ・・」
「え? そりゃうらやましいな、それじゃあ悠々自適じゃないの」

一昨年だったか、そんな電話でのやり取りがあった。
どんなにブランクがあった人ともつい昨日会っていたかのように話すのが、または話すことができるのが私の流儀であり、また特技でもある。

それはおそらくは4~50年ぶりくらいの旧友からの電話だった。
彼とは年賀状のやり取りもなかったから、当然私の所在を知るすべも無い。
彼はそれを調べようと母と同居していた妹に電話して、妹から母の逝去の知らせと共に、私の電話番号を聞き出したらしい。
プロパーで一直線に公務員を務めあげた彼は、退職してからは文字通り悠々自適といったところだ。



じきに70の声を聞こうかという歳に達した私だが、
なんと幼稚園時代からの友人という一つのグループがある。
電話の彼はやや薄いがその中の一人だった。

私自身は病弱のせいで幼稚園には半分ほどしか通えなかったが、それでも連中とは当然小中学校までは同じ学校に通い、また放課後も一緒に遊んだ仲だ。
当時流行っていた「お誕生日会」などではレギュラー出演していたし、例えば修学旅行で○○先生に一斉に殴られた、などといった痛い体験を共有してたりするなど、「友」として足るような条件がそろっていた。

連中は、当然今でいう「ママ友」同士も繋がっていて、「〇〇さんちの××ちゃんはね」と言ったように、こちらが聞いてもいないのにその友人の情報が逸早く入ってきたものだ(笑)。

ウチも含め親の仕事の都合で転居したりなど、次第に散りじりになってはいったものの、なんだかんだ彼らとの仲が続いたのには一つの共通の趣味があったからだと思う。
それがバンドだった。

ギターY君、
ベースS君、
ドラムス私、
パーカッション、バックコーラスA君

断っておきますが、中学生で、趣味で、ご愛敬でつくったバンドです。
過去に何度か、カセットに録音した当時のデモテープを聞いては見たものの、それはそれは聴くに絶えない代物でした💦

当時のことです。
悪ぶりたい世代です。
「ジャンピンジャックフラッシュ・・ガスガスガス」
でしたねぇ。
後は『悪魔を憐れむ歌』の止むことのないパーカッションでした。
『ブラウンシュガー』もいっちゃいましたね。
ストーンズばかりヤッテいました。

で、先に挙げた各人の楽器リストで、
最後に挙げたA君のものは、その他我々のイジリと言いますか、彼に特段コレといったものがなかったために、半ば冗談で決めたものでした。

しかし、A君は貴重な存在でした。
彼の家は開業医で、Aの父親で外科医のM先生は、私の主治医でもあり、また好意で塾を開いており、われわれ悪童連中はそこでミスっては先生に竹刀で尻を叩かれるというありさまでした。

そんなかんだで、Aの医院は我々のたまり場になっており、バンドもここを拠点に活動(暗躍?)していたのです。
2階にあったA君の部屋は本人がいなくても勝手に出入りしていたものでした。
そこで、よくエアーセッションをしていたのが懐かしい思い出です。
実際のジャムセッションは、その医院の隣にあったやはりAの叔父の経営する工務店地下でやったりしたんですが、最大にボリュームを上げたマーシャルのアンプから出る騒音に、叔父さんから何度も大声で怒鳴られたものです。

いずれバンドはイッチョマエにスタジオを借りて練習するようにもなりましたが、ご想像通りめいめいが仕事に就き、また結婚するようになって自然解散、仲間とも疎遠になって行ったものです。

うち、O君とはつい10年ほど前になりましょうか、彼が再度違う仲間と中年ロックバンドをやっていたもんで、私も首を突っ込みましたが、長くは続かなかったですね・・。



さて、以前住んでいた横浜にどうしても行かなくてはならない用があって今月半ばに出向くのですが、ついでに、たまには都内にあるその懐かしいA君の医院にでも寄ってみようかなと思い立ち、何気なくグーグルアースの画像を眺めておったんです。

A君には弟がいて、小さいころよくかまっていた彼も今では他所で医者をやっているのだが、兄貴(A君)と違ってスムーズに医師免許を取った彼は、そつがなくてあまり可愛くなかった。
引き換え、気のいいA君は、大学生当時その医院隣に下宿していた私の部屋に、夕方になると遊びに来て、一緒にTVドラマ『俺たちの朝』かなんかを観て、目頭を熱くしたりしていたのを覚えている。
思えば一番優しくていい奴だったじゃないか・・。
その後、医者になるのに大学入試で4浪までしていたのは知っているが、その後どうにか潜り込んで医者になれたんだろう(笑)。
A君は、M先生を継いで今では二代目院長先生と来たもんだ(笑)。

さて、グーグルアースで病院を探りあてる。

話には聞いていたんですが、以前に大規模に改築して上の階などはマンションにして貸したりもしている・・との情報通り、すっかり小奇麗に今風の造りに変わっているではないか。
さらに、その玄関あたりには、おや? そこにやや貫禄のあるおじさんの姿が・・。

と、画像は病院の隣にある公園に移ってしまいました。

「おやおや、当時と全然変わらないじゃないか、懐かしいな」

また、建物に戻ろうとしたその時です。
画面は暗転(夜モード)して、なんとそこには昔の懐かしい病院の姿が浮かび上がってきたではないですか。

私が小さい自分、父親などに連れられて何度も足を運んだあのままの病院。
昭和の町医者。
(玄関を入ると無造作に青や茶のビニールスリッパが置いてあったり、そしてその臭いだけで怖くなってしまうような鼻を突く独特の薬の臭い・・)
そして、もちろん塾でしごかれた思い出の病院。
バンドの練習にも散々使ったアジト。
建物は、今にして思えば暗く、水木しげるの鬼太郎に出てきそうな雰囲気があり、懐かしさと同時にしばし茫然となってしまいました。

一瞬、そんな世界にタイムスリップしたのかとわが目を疑いましたが、どーやらその画像は10年前の表示があり、グーグル側でそのような仕込みをしてくれていたようでした。

私は、あわてて今の病院の画像に戻し、玄関辺りにある人影をアップしてみました。
顔はボケて判然としなかったんですが、そこに立っているのはA君のお父さん、M大先生・・ではなく、今は亡きM先生に生き写しのA君その人でした。

毎年律儀に写真入りの年賀状を送ってくれるので、彼がホントに父親に似てきて、もはや見分けがつかなくなっているのを、驚きと同時に私は知っていたのです。
ひと目でA君とわかったその映像は、グーグルカメラに何か喋っていたんでしょうか、こちら(カメラ側)を向いているような、ややうつむき加減のような体でした。

グーグルのコメント欄に、こんなトゲのある投書がありました。

「先生は、平気で路上にある排水溝にタバコの吸い殻を捨ててしまうような人です」

その人影は少し寂しそうでした。




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