危険なほどに純粋な人(訪販での出会い)

2026年5月20日

教育 雑感 身辺雑記

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 「この人、よく今の今まで生きてこれたものだ」

そんな驚嘆とも呆れかえりともつかない感慨にしばし浸ったことはないだろうか。

まるで菩薩のようなあまりにも純粋な人に遭遇した時のことである。


この生き馬の目を抜くような世知辛い世間にあって、それでも子供のような清い心を失わない。

そのこと自体が奇蹟だ。




私は長い人生の中で、おそらくは4,5人ほどそうした人物にお会いしたことがある。
営業職が長く、多くの人と出会うことが仕事だったせいもある。

もちろん、「ああ、この人いい人だなあ」と、思える人物はケッコーいよう。
中には、いい人過ぎてこちらが恐縮するような・・。

いるだろう。
また、いただろう。

私が言いたいのはそういった「いい人」を飛び越えて、菩薩級の人である。

その方がいれば、周囲の不浄が一気に洗われてしまうような・・。

だから、恥ずかしいことだが、その前ではこちら側の心中の汚れ、浅ましさ、狡さなどが浮き彫りになってしまうような・・。



私が若いころ、と言っても30代頃であったが、訪問販売の仕事をしたことがあったのは以前書いた。


北関東一円に、中学生に向けて高校受験用教材を売っていたわけ。
はっきり言って良い教材だった。
しかし、高い。
目の玉が飛び出るくらい高い。
どーにも高い💨(大滝秀治さん風)

当時で3,40万から100万近くもした(セット内容で違う)。

それは良いとしよう(良くない、が。)

問題は、というか「凄い」と誰しもが口をそろえるのが、それを僅か一回の訪問(時間にして2,3時間ほど)で、売ってきてしまうという点だ!!

阿漕な商売というなかれ。
押し売りではなく、納得してそれを購入されるわけだ。
もちろんキャンセルというケースもあったが、ほとんど8割方は無事納品できた。

もちろん、緻密に構成されたセールストークもあった。
中にはほぼ百発百中、外さないという凄腕のセールスもいた。
そういう連中の手取りは、年収1000万をはるかに超え、大企業の部長クラスだったと思う。

セールスはまずは中坊の本人に同席してもらう。
さらに、その両親、でなければ母親。
そこに巧みなやり取りをしながら進路指導の話から、教材に持っていく。
そしていよいよクロージング。

金額提示は最後、というのはどんな訪販でもお決まりのパターンだが、(驚かせないため?)もちろんそれを月々の分割価格で提示する。

塾でも家庭教師でも月謝制だから、比較しやすい。
それを詭弁というなかれ。



ちょっと、脇道に逸れてしまいましたが、
子供の教育にはいくらでもお金をかける。
親、とりわけ母親の子供の将来に託す教育という財産。

そんな親心を手玉に取って、とか斜に見ればいろいろな見方ができようが、
最後は本当に良い教材であったことで救われたような気もする。


さて、私たち訪販の人間が最も嫌がったのは、”玄関デモ”と称していた設定だった。部屋に通してもらえず、玄関先でニードトーク(子供さんの成績のチェックから始まって、なぜ、その教材が必要かを訴えるトーク)から商品の説明までするのだが、場の設定が崩れやすく成約率は当然低い。

また、成績がずば抜けて優秀な子供さんは、当然その「ニード」が希薄になるため難易度は高かった。さらに親御さんが高ビー、あるいは高学歴であった場合、心情的に嫌だった。実際、ここだけの話ではあるが、「ホラ、この辺はお父さんがロケット飛ばしているからみんなTU大でしょう。うちはTO大だから云々」なんてまことしやかに語る奥様もいた。そうしたお宅に限って、我々を「先生」呼ばわりして、伺った先から既にコーヒーとお茶菓子が用意されていた。もちろん、絶対に売れなかった。

では、我々が好感触で臨んだのはどういうお宅かというと、やや顰蹙を買いそうな話ではあるが、いわゆる低所得層の家だった。
それも『まんが日本昔話』に出てきそうな、「嘘だろ?」と思うようなお宅である。
こう書いていくといかにもそういうご家庭を下に見て物申しているかに聞こえるかもしれないが、まったくそういうことはない。

上の絵は誇張して描いているようだが、まるっきりそんな感じのお宅はあるものである。
畳は腐って抜けそうだし、部屋に家具調度はほとんどない。
あるお宅に伺ったときなどは、今でも忘れないが、どーゆーうわけかお母さんが、やかんから沸騰したお湯をちゃぶ台にどんぼどんぼとかけているケースもあった。
なんでも煮沸消毒らしい?

これは私情を挟まないでクールな目線だけで言えば、そういう家は売れるのである。
しかも、すでに子供さんに高額な他社教材を買い与えており、当然ながら使っていない。よって成績もよくない。

ここは我らはプロの訪販だ。
他社教材崩しの離れ業をかまさざるを得ない。
つまり、(例えば分量が多いなど)その教材の弱点を指摘し、
「だから使えなかったんだよね~」といった同調に持ってゆく。
恐ろしや。

これはいまだに謎ではあるが、そういう貧しいお宅のお子さんというものは、ずば抜けて出来る子がいたりもするが、しかし多くはお勉強が出来ない子が多かったものだ。
私が販売していた教材は県立高校受験向けの基本的な問題が多く載っていたのだが、それでも正直言って「この子はやらないな。無理だな」という子はいた。

しかし、そこは非情に割り切るしかなかったわけだ。
こちらもそれが生業だから・・。

で、好感触でクロージングまで行って、最後に子供さんにこう振る。

「がんばる、でも何でもいいよ、今のやる気をかいて、お母さんに言ってみな」

うわ~何といういやらしさか🥹
(でも、それって一応セールストーク=しかも大事なクロージングの一環なの・・ごめん)

「さ」
 
「がんぼる」

「🤫🤨🙄🫩🥶」

駄目だと本気で思ったこともあった。
売るのは罪かな?
本気で悩んだ末、そのお宅がブラックで信販が通らず、かえって胸をなでおろしたような経験もある。



ほぼ、前ぶりで終わってしまったが、要はそうした貧しいおうちに、天使天女はおったのである。

営業マンがその売っているものを買ってもらったら、そりゃ~うれしい。
誰でも天使に見えてしまう。

たしかにそれもあるだろう。

しかし、「本物」は確かにいた。

そのお宅は、玄関を入ると8畳ほどの一間しかなかった。
そこにびっしり布団が敷き詰めてあった。
子供さんは少なくとも4人。
寝ていたり、布団の上でおとなしく遊んでいた。

その一角にかろうじて用意されていた机を囲んで少年とご両親相手に私はセールスを始めた。
しかし、セールスにならない。
なぜかというに、そのご両親には「疑う」ということがなかった。

「そうなんですか~」

何でも本気で感心して聞いてくれる。

こちらは、そのいろいろ戦略的な部分もある。
がしかし、そうした駆け引き的なものすら要らない。
というより、そうしたことが見にくいことでもあるかのように浮き彫りにされてしまう。

「よろしくお願いします」

結局、一切の反論もなしに買っていただいた。
数十万の教材である。

その晩は、一から十までこちら側が人間のいろいろな面を勉強させていただいた。

善の鏡だった。
そのご両親は。










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